恋愛とは、一体何のためにするものだろう。
結婚は恋愛とは関係ないところで契約される場合もある。
ときめきや完全無料出会い系を利用した自由恋愛とは関係ないところで両親や親せきの紹介によってパートナー契約を結ぶのだ。
私は将来お見合い結婚で十歳年上のサラリーマンか公務員と結ばれることが夢である。
なので、ときめき重視の自由恋愛、若者ならではの華やかな青春にあんまり興味がなかったりする。
大昔、江戸時代くらいの頃だって女の人の多くはお見合い結婚するのが当然だった。
自分が特別好きじゃない男性と結婚するということは、あんまりつらいことではないような気がする。
出会った当初は愛情がなくても、一緒に暮らすことで愛情が芽生えることがあるからだ。
それでは、恋愛というものはどうしてするのだろう。
それはきっと、「法律では契約されていない男女がお互いの魅力を認めあい、肯定し合うためにするのだろう」と思う。
そうだ、恋愛は生活共同体となる、パートナー契約の結婚と違い、「お互いの魅力を認め合う」関係なのだと思う。
なんて、ろくな恋愛をしていない私が意見を言うなんて生意気千万かもしれないけど、恋愛しなくても生きていくことができるのは間違いなく事実だ。
「愛がなければ生きていけない」なんてことはない。
愛がなくてもお金と住む家があれば人は生きていけると思う。
恋愛は、きっと「生きるために必須なもの」でなく、「生活をいろどるプラスアルファ」であり、「自分が魅力的であることを証明してくれるもの」だと思う。
お互いのことを魅力的だと肯定し合える相手と一生のどこかで出会い、それが結婚という形で実ることは何よりの幸せだろう。

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